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千葉地方裁判所 平成10年(ワ)2508号 判決

原告 A野一郎

右法定代理人親権者父 A野太郎

同母 A野花子

右訴訟代理人弁護士 守川幸男

被告 和康会産婦人科健康診断クリニックこと 岩瀨秀一

右訴訟代理人弁護士 山下洋一郎

被告 鈴木薬局こと 鈴木勝己

右訴訟代理人弁護士 向井弘次

右訴訟復代理人弁護士 内田淳

主文

一  被告らは、原告に対し、七一万四四九四円及びこれに対する平成七年一〇月一六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の連帯支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はそれぞれに生じた費用をそれぞれの負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告に対し、五七五万八三八八円及びこれに対する平成七年一〇月一六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の連帯支払をせよ。

二  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

三  仮執行宣言

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  原告は、平成七年九月一八日(以下、日付は、平成七年のものをいう。)に出生した者、被告岩瀨秀一(以下「被告岩瀨」という。)は、肩書住所で「和康会産婦人科健康診断クリニック」の名称で産婦人科医院(以下「被告医院」という。)を開設している医師、被告鈴木勝己(以下「被告鈴木」という。)は、肩書住所で「鈴木薬局」の名称で薬局を開設している管理薬剤師である。

2  原告は、一〇月一六日午前一一時ないし一一時三〇分ころ、母親に帯同されて被告医院に赴き、被告岩瀨の診察を受けた。被告岩瀨は、原告に対し、院外処方せんを交付する方法により、別紙1記載の各薬剤(以下、このうちレクリカシロップとフスコデシロップとを合わせて「本件薬剤」という。)の処方をし(以下「本件処方」という。)、被告鈴木は、本件処方に従い、以下の各薬剤を混ぜて水で薄め、一回分の服用量を一目盛(五ミリリットル)とする飲み薬(以下「本件飲み薬」という。)六〇ミリリットルを調剤して原告に提供した(以下「本件調剤」といい、本件処方と併せて「本件処方・調剤」という。)。なお、d―マレイン酸クロルフェニラミン(以下「d体」という。)の抗ヒスタミン作用は、dl―マレイン酸クロルフェニラミン(以下「dl体」という。)の二倍である(以下、d体、dl体とリン酸ジヒドロコデインを合わせて「本件成分」という。)。

3  本件処方・調剤当時の別紙1各薬剤の能書には、別紙2の記載があった。

なお、マレイン酸クロルフェニラミンには、呼吸困難、チアノーゼという副作用を引き起こす可能性があるが、本件処方・調剤時のレクリカシロップの能書には、その旨の記載がなかった。

4  原告の母親は、本件飲み薬を、少なくとも一〇月一六日昼の授乳後に一回、翌一七日午前一〇時過ぎないし一一時ころの授乳後(このとき原告は、ミルクを一〇ミリリットルしか飲まなかった。)に一回、原告に一目盛分ずつ飲ませた。その後、原告の両親は、原告の呼吸困難、チアノーゼ状態(以下「本件症状」という。)に気づいたため、午後二時ないし二時三〇分ころ、原告を被告医院に運び込み、被告岩瀨は、原告に対し、酸素吸入の措置を行った。その後、原告の父親は、被告岩瀨の指示により、原告を川崎製鉄健康保険組合千葉病院(以下「川鉄病院」という。)に搬送し、原告は再び酸素吸入等の措置を受けて入院し(以下「本件入院」という。)、一〇月二四日に退院した(以下「本件退院」という。)。

5  原告は、その後、別表記載のとおりの諸症状により、別表記載の入通院を繰り返した。その入院日数の合計は本件入院を合わせて二一九日、実通院日数の合計はのべ五九日である。

(右事実は、当事者間に争いのない事実か、《証拠省略》によって認められる事実である。)

二  争点

1  原告の主張

(一) 本件成分の常用量と本件処方の適否

本件飲み薬には、呼吸困難、チアノーゼの副作用を引き起こす可能性があるマレイン酸クロルフェニラミンが二歳未満の小児の常用量の三・七五倍含まれているほか、呼吸抑制の副作用を引き起こす可能性があるリン酸ジヒドロコデインが二歳未満の小児の常用量の三倍含まれているのであるから、本件処方が、生後四週間の新生児たる原告にとって過剰なものであったことは明らかである。なお、原告は、熱がなく、多少咳をしていた程度であったのであるから、本件成分を常用量よりも増やして処方する必要性もなかった。

(二) 本件処方と本件症状との因果関係

本件飲み薬を服用したため、原告に中枢性呼吸抑制が生じ、呼吸困難、チアノーゼ状態となったが、これは、(一)のとおり、常用量を越えた多量の薬剤の処方によるものである。

なお、原告は、本件退院時に本件症状を伴う疾病が完治していたわけではない。原告の母親は精神的ショックのため母乳が出なくなり、ミルクだけの授乳となったが、原告はあまりミルクを飲まなくなり、顔色が悪い、しょっちゅう風邪っぽくなり乾いた力のない咳をする、一回咳をし出すと止まらない等の状態となり、無気肺等を繰り返すなど、合併症も併発して入通院を繰り返すようになった。

(三) 被告岩瀨の過失

被告岩瀨は、原告との間の診療契約に基づき、原告の症状に応じて適切な検査・治療をし、適切な薬剤を処方すべき義務があったにもかかわらず、原告に対し、新生児への使用経験がなかったり、重大な副作用を引き起こす可能性がある薬剤を処方したのみならず、原告のような新生児に対し、二歳未満の小児の常用量に照らしても過剰な量の薬剤を処方した。この過失は、原告に対する債務不履行ないし被告鈴木との共同不法行為を構成する。なお、被告岩瀨は、原告の母親に対して、本件飲み薬をミルクに混ぜて飲ませるよう指示してはいない。

(四) 被告鈴木の過失

被告鈴木は、原告との間の処方薬剤調剤契約に基づき、被告岩瀨が処方した薬剤に疑義があれば被告岩瀨に疑義の照会をすべき義務があったにもかかわらず、本件処方につき被告岩瀨に疑義の照会をしなかった。また、被告鈴木は、本件調剤にかかる薬剤が常用量よりも多い旨を原告の母親に告知し、その副作用について警告し、原告の様子に異常があれば直ちに連絡すべきことを注意するなどの指導をすべきであったところ、これを怠った。この過失は、原告に対する債務不履行ないし被告岩瀨との共同不法行為を構成する。

(五) 原告は、被告らの債務不履行ないし不法行為により損害を被ったが、その金額は、次のとおり合計五七五万八三八八円を下らない。

(1) 治療費 一七二万五七四八円

(2) 文書料等 五万七六四〇円

(3) 入通院慰謝料 三〇〇万〇〇〇〇円

(4) 弁護士費用 九七万五〇〇〇円

2  被告らの主張

(一) 本件成分の常用量と本件処方の適否

(1) 被告ら

薬学書等によれば、本件飲み薬中のマレイン酸クロルフェニラミンの含有量は、二歳未満の小児の常用量の二・四倍(被告岩瀨)ないし一・八七五倍から三倍(被告鈴木)である。

(2) 被告岩瀨

薬学書等によれば、本件飲み薬中のリン酸ジヒドロコデインの含有量は、二歳未満の小児の常用量の二・四倍である。また、原告は、一〇月一六日夕方に本件飲み薬を服用したかどうかはっきりしないというのであるから、原告が摂取した本件成分の量は、いずれも一日量にして二歳未満の小児の常用量の一・六倍となる。

さらに、本件薬剤の能書には、「症状により適宜増減する」との記載があり、その場合、常用量の二倍程度までの増量が考えられるとの文献があるところ、原告は一〇月一六日にはひどい咳をしていたのであるから、本件成分を常用量よりも増量する必要があったのであり、過剰とはいえない。

(二) 本件処方と本件症状との因果関係

(1) 被告ら

本件飲み薬には、気管支拡張剤である塩酸メチルエフェドリンも含まれていたのであるから、本件飲み薬の服用により本件症状が出現することはない。これまでも本件処方と同量のレクリカシロップ、フスコデシロップを、原告と同様の新生児に対し処方・調剤したことがあるが、原告のような症状が生じたことはない。したがって、本件処方と本件症状との間に相当因果関係はない。

(2) 被告岩瀨

そもそも、薬剤服用が原因であるとすると、一回目の服用で呼吸因難、チアノーゼが起こっていたはずであるし、原告は、一〇月一六日の夕方に原告が本件飲み薬を服用したかどうか定かではないというのであるから、翌一七日の本件飲み薬服用までに薬剤の排泄が進んでおり、蓄積作用もない。それに、原告主張のような中枢性呼吸抑制では、回数は少ないながらも呼吸が全くなくなるわけではないから、チアノーゼは起こらない。

被告岩瀨は、原告に全身チアノーゼを認め、両肺野には全く呼吸音を認めず、呼吸発作時に季肋部に陥凹を認めたのであり、このことからすると、本件症状は、ミルク等の誤嚥ないし粘張性の液状物による気道閉塞によるものと考えられる。また、初回来院時はもとより、その後長期にわたって別表のように多岐にわたる呼吸器系の病気の罹患を繰り返していることを考慮すると、原告にはもともと呼吸器系疾患の素因があって、それが一〇月一七日にも発現したということも充分考えられる。

なお、原告は本件入院後二日で症状が軽快し、一〇月二四日には完治して退院しているのであって、本件処方によって本件退院後の別表記載の諸症状が出現したわけではないことは明らかである。

(三) 被告岩瀨の過失

被告岩瀨が、原告に対して、能書記載の用量よりも多めに本件薬剤を処方したのは、風邪等に罹患した乳幼児はミルクの飲みが悪いので薬剤も必要量を服用しないことが多いからであり、その上、原告がひどい咳をしていたからである。

また、本件処方時のレクリカシロップの能書には、マレイン酸クロルフェニラミンに呼吸困難、チアノーゼの副作用を引き起こす可能性についての記載はなかったから、被告岩瀨は、マレイン酸クロルフェニラミンにそのような副作用があることを知り得なかったものである。なお、これまでも原告と同様の新生児に本件処方と同量のレクリカシロップ、フスコデシロップを処方したことがあるが、何ら問題は発生していない。

さらに、被告岩瀨は、原告の母親に対し、本件飲み薬一回分を一〇〇ミリリットルのミルクに混ぜて飲ませるよう指示したのであるから、被告岩瀨の指示どおりに本件飲み薬を服用していれば、一〇月一七日の午前中にミルクを一〇ミリリットルしか飲まなかった原告が摂取した本件成分の量は著しく少量であったはずであり、本件成分が常用量よりも多めの処方であることによる影響はないに等しかったはずである。なお、被告岩瀨は、本件処方の処方せんに、食後に服用させる旨記載していない。

以上によれば、被告岩瀨には過失はない。

(四) 被告鈴木の過失

被告鈴木は、被告岩瀨から、被告岩瀨の処方した薬剤の服用方法は医師が指示をする旨、特に一歳未満の乳幼児については、ミルクに溶かして服用する方法を指示するが、体調の悪い乳児はミルクを全部飲まないので、通常の服用量よりも多めに処方を行うため、処方どおり薬剤を調剤するよう、指示を受けていた。また、これまでも原告と同様の新生児に本件飲み薬と同量のレクリカシロップ、フスコデシロップを調剤したことがあるが、何ら問題は発生していない。そこで、被告鈴木は、右指示を前提として、処方量の必要性・相当性を判断しこれを相当と考え本件飲み薬を調剤したのであり、被告岩瀨に疑義の照会をする必要はなかったものである。

そして、被告鈴木は、本件飲み薬を原告の母親に渡す時には、四日分の薬が出ており、一日三回、一回につき一目盛分をよく振った上で服用させること、咳、くしゃみ、鼻水を止める薬と抗生物質が入っていること、眠たくなる成分が入っていること、医師の指示どおりの方法で服用することを伝えている。なお、本件調剤に関する国民健康保険調剤報酬明細書の「処方」欄に「nde」(食後)と記載したのは、保険調剤報酬請求にあたり記載が求められる服用方法に関する食前・食間・食後の記載のうち、ミルクに溶かして服用するようにとの指示にもっとも近い方法を記載しただけであって、原告の母親に食後の服用を指示してはいない。

以上によれば、被告鈴木には過失はない。

第三当裁判所の判断

一  本件成分の常用量と本件処方の適否

1  本件薬剤の成分及び成人の常用量に関する能書の記載については前示のとおりであり、マレイン酸クロルフェニラミンの常用量は、マレイン酸クロルフェニラミンのみを薬効成分とするレクリカシロップの常用量から算出するのが相当であるから、成人の場合、d体効力換算で一回二ミリグラム、一日最大八ミリグラムと認められる。また、リン酸ジヒドロコデインの常用量は、前示フスコデシロップの常用量から算出すると、成人の場合、一回一〇ミリグラム、一日三〇ミリグラムと認められる。

また、二歳未満の小児の常用量に関する能書の記載については前示のとおりであり、他方、《証拠省略》によれば、三歳、一歳、新生児に対する常用量の目安はそれぞれ成人の三分の一、四分の一、八分の一であるとする薬学書も存することが認められるから、生後四週間の新生児である原告にとっての本件薬剤の常用量は、(禁忌の点は措くとして)多くとも成人の常用量の八分の一ないし一〇分の一以下であると推認することができる。

2  そうすると、原告にとってのマレイン酸クロルフェニラミンの常用量は、d体効力換算で一回〇・二ミリグラムないし〇・二五ミリグラム、一日最大〇・八ミリグラムないし一ミリグラムとなり、本件飲み薬中にはマレイン酸クロルフェニラミンがd体効力換算で一回一ミリグラム分、一日三ミリグラム分含まれているから、これは一日量で見ると右常用量の三倍ないし三・七五倍、一回量で見ると右常用量の四倍ないし五倍の処方となる。

同様に、原告にとってのリン酸ジヒドロコデインの常用量は一回一ミリグラムないし一・二五ミリグラム、一日三ミリグラムないし三・七五ミリグラムとなり、本件飲み薬中にはリン酸ジヒドロコデインが一回三ミリグラム分、一日九ミリグラム分含まれているから、これは右常用量の二・四倍ないし三倍の処方となる。

3  このことと、原告が一〇月一六日当時生後四週間の新生児であったことに照らすと、本件飲み薬中の本件成分の含有量は常用量を大幅に上回るもので明らかに過剰であり、不適切な処方であったと認められる(なお、被告らは、本件薬剤の常用量が右認定量よりも多量であると主張し、乙一三〔被告岩瀨の陳述書〕にはその旨の記載があり、さらに被告岩瀨本人はこれに沿う供述をするが、その結論は、証拠中の能書記載に明らかに反するものである上、その推認過程も自己に有利と思える片々の数字を拾い集めた計算に過ぎず、到底採用し得ない内容である。)。

4  これに対し、被告岩瀨は、一〇月一六日夕方の本件飲み薬服用の有無がはっきりしないことから、一日量としては常用量との差は縮まると主張するが、右主張は、被告岩瀨の処方量そのものの過剰を否定するものではない上、本件薬剤の能書に一回あたりの用量が記載されていたり、一日量を三回に分けるように記載されていることの意味を殊更無視するものであって、到底採用し得ない。

また、被告岩瀨は、本件薬剤の能書には「症状により適宜増減する」との記載があり、その場合、常用量の二倍程度までの増量が考えられるところ、原告は一〇月一六日の初診時にひどい咳をしていたのであるから、本件処方は本件成分の常用量からの増量の程度をさほど逸脱したものではないと主張し、被告岩瀨本人はこれに沿う供述をする。しかし、原告の症状については、被告岩瀨作成のカルテには「Husten.(+)」とあるのみで、薬剤増量の判断に至ったという状況の記載はないから、被告岩瀨本人の右供述を措信することはできず、また、本件薬剤の処方が過剰であることは前示のとおり明らかであるから、結局、被告岩瀨の右主張は採用することができない。

二  本件処方と本件症状との因果関係

1  本件成分により引き起こされる可能性のある副作用の内容及び原告が第二の一2の量の本件成分を含有する本件飲み薬を被告らから処方・調剤されてその提供を受けたこと、原告の本件症状は、本件飲み薬を服用して数時間で発症ないし発見されていることは、前示のとおりである。これに加え、本件処方は本件成分の常用量を大きく上回った過剰なものであったことに照らすと、原告が本件飲み薬を服用したことによって中枢性呼吸抑制が生じ、呼吸困難、チアノーゼ状態となった可能性が高いと認められ、後記説示のとおり、これを否定すべき事情を窺うことができないことに照らせば、本件処方と本件症状との間には相当因果関係があるということができる。

2  これに対し、被告らは、本件飲み薬には、気管支拡張剤である塩酸メチルエフェドリンも含まれていたことから、本件飲み薬服用により呼吸困難を引き起こすことはないと主張する。しかし、物理的な気道閉塞に対しては格別、本件症状のような中枢性呼吸抑制に対して右薬剤が的確な効能を有するとする資料はないから、右主張は失当である。

次に、被告らは、これまでも原告と同様の新生児に本件処方と同量のレクリカシロップ、フスコデシロップを処方・調剤しているが、問題は起こってはいないとも主張し、被告岩瀨は、そもそも、薬剤服用が原因であるとすると、一回目の服用で呼吸困難、チアノーゼが起こっていたはずであるし、一〇月一六日夕方の本件飲み薬服用の有無がはっきりしないことから、翌一七日の服用までに薬剤の排泄が進んでおり、蓄積作用もないと主張する。しかし、常用量を超えた本件成分の摂取によりその副作用が常に生じるわけではないことは明らかであり、また、類似の患児との対比をいう部分も、《証拠省略》に照らすと、年齢はともかく、必ずしもその症状までが原告と類似しているということはできないから、これらの主張を採用することはできない。

ところで、被告岩瀨は、原告主張のような中枢性呼吸抑制では、回数は少ないながらも呼吸が全くなくなるわけではないから、通常、チアノーゼは起こらないと主張する。しかし、レクリカシロップは呼吸困難のみならずチアノーゼを引き起こす可能性もある薬剤であること、レクリカシロップの能書には、レクリカシロップと中枢神経抑制剤との併用は相互に作用を増強することがあるので、このような場合は減量するなど慎重に投与する必要がある旨の記載があることについては前示のとおりである。そうすると、本件薬剤の併用により中枢性呼吸抑制を過度に生じさせ、その結果、呼吸困難となるか、それを超えて極度の酸欠によりチアノーゼとなるかは結局程度問題であるということができ、一般論として、中枢性呼吸抑制ではチアノーゼは起こらないという被告岩瀨主張は失当である。

また、被告岩瀨は、一〇月一七日の原告の診断時に認められた所見から、本件症状は、ミルク等の誤嚥ないし粘張性の液状物による気道閉塞によるものと考えられるとし、乙一三(被告岩瀨作成の陳述書)及び被告岩瀨本人の供述中にはこれに沿う部分がある。しかし、本件症状の原因を窺わせるそのような重大な所見があったのであれば、カルテにその記載があってしかるべきであるのに、被告岩瀨作成のカルテにはその点の記載はない。また、被告岩瀨が右の診断時に原告の気道閉塞を疑ったというのであれば、そのまま酸素吸入を行った場合、液状物が気道の奥の方へ入ってしまって取り除きにくくなる可能性も考えられるにもかかわらず、本件においては、被告岩瀨が原告の喉の中を覗いたり、気道を塞ぐ液状物の除去のため吸引や拭き取り等の措置を試みた形跡はなく、また、被告岩瀨が搬送先の川鉄病院に気道閉塞が原因と考えられる旨の連絡をしたとの事実も窺われない。したがって、被告岩瀨の右主張も採用することはできない。

なお、被告岩瀨は、本件退院後も原告が多岐にわたる呼吸器系の病気の罹患を繰り返していることから、原告にはもともと呼吸器系疾患の素因があって、それが一〇月一七日にも発現したとも考えられると主張するが、これは被告岩瀨のひとつの推測にとどまり、本件において右主張の素因と本件症状とを直接結びつける的確な証拠はないから、被告岩瀨の右主張を採用することもできない。

3  以上に加え、別表番号①(本件入院)と②ないし④の通院は症状及び病院が同一であり、一般に退院即完治とはいえない上に本件症状は呼吸困難、チアノーゼという重篤なものであったこと、②ないし④の各通院間隔は本件退院後引き続きの治療ないし経過観察をするのに合理的な期間及び回数といえることに照らせば、本件退院後、少なくとも一一月二一日までの通院期間中の原告の症状も、本件処方と相当困果関係があるということができる。

しかし、別表番号⑤以後については、その症状ないし疾病名がウィルス性肺炎、急性気管支炎、乳児下痢症、急性咽頭炎等であって、本件全証拠に照らしても、これらと本件処方との間に相当因果関係を認めることはできない。

三  被告らの過失

1  当裁判所は、本件薬剤について被告らが能書の記載から認識すべき本件成分の含有量の過剰性や本件成分の相互作用増強防止のための薬剤量減量の必要性に対する被告らの認識の甘さ、原告が生後四週間の新生児であることに対する被告らの配慮の欠如、被告岩瀨においては、一般に風邪等に罹患した乳幼児はミルクの飲みが悪いと決めつけて個別的な症状を考慮せずに、患児のミルク摂取量という偶然性にかからせた薬剤処方をしたことにつき、被告鈴木においては、薬剤の専門家として右の処方に何の疑問も感じずにこれに従い調剤をしたことにつきそれぞれ落ち度があり、漫然と常用量を大幅に上回る本件処方・調剤をしたという不法行為によって原告に本件症状を生ぜしめたことにつき被告らに過失があったと判断する。

そして、被告鈴木が被告岩瀨による本件処方に従って本件調剤をしたことは前示のとおりであり、また、《証拠省略》によれば、被告岩瀨は、被告鈴木に対し、体調の悪い乳児はミルクを全部飲まないので通常の服用量よりも多めに処方を行うため、処方どおり薬剤を調剤するよう指示し、被告鈴木はこれを了解していたことが認められる。そうすると、被告岩瀨の本件処方と被告鈴木の本件調剤との間には客観的な関連共同性のみならず主観的な関連共同性さえ存在するということができるから、被告らの行為が共同不法行為を構成することは明らかである。

2  これに対し、被告岩瀨は、原告の母親に対し、本件飲み薬一回分を一〇〇ミリリットルのミルクに混ぜて服用させるよう指示したのだから、指示どおりに本件飲み薬を服用していれば、実際にミルクを少量しか飲まなかった原告が摂取した本件飲み薬の量は著しく少量であったはずであり、常用量よりも多めの薬剤処方であることによる影響はないに等しかったはずであると主張する。しかし、本件全証拠によっても、右主張のような服用方法の意味ないし被告岩瀨の意図するところを原告の母親に対して適切に説明したことは窺われない上、そもそも実際に原告がどれだけの量のミルクを飲むかを全く考慮に入れず本件成分を過剰に含有する本件飲み薬を処方したという点に過失が認められるというべきであるから、被告岩瀨の右主張は失当である。

四  原告の損害額

《証拠省略》によれば、原告は、別表記載の病院に対し、同表記載の金額を治療費として支払ったこと(以下「本件治療費」という。)、本件訴訟の準備のための弁護士照会及びその回答費用として弁護士会に四回分合計二万円を、川鉄病院に二万八三五〇円、国保松戸市立病院に九二九〇円を支払ったこと(以下「本件文書料等」という。)が認められる。

そして、以上の認定判断に照らすと、原告主張の損害のうち、(1) 本件治療費中、本件入院費用七万九八二四円及び別表番号②ないし④の治療費一三二〇円、(2) 本件文書料等中、川鉄病院に関する弁護士照会分と認められる費用五〇〇〇円及び川鉄病院の照会回答費用二万八三五〇円については、被告らの過失と相当因果関係にある損害と認められる。しかし、別表番号⑤以後の治療費については、被告らの過失と相当因果関係にある損害ということはできない。

また、(3) 入通院慰謝料については、本件に至る経緯、原告の症状及び年齢、右入通院の期間を考慮し、さらに原告が入通院に関する諸費用を別途請求していないことも併せ考えると、本件においては四〇万円をもって相当と認め(以上(1)ないし(3)の合計五一万四四九四円)、(4) 弁護士費用については、原告が本件訴訟を原告の代理人に委任したことは記録上明らかであり、本件事案の内容・審理経過、認容額等の事情に照らし、二〇万円を相当と認める。

したがって、原告が被告らの過失によって被った損害は、合計七一万四四九四円となる。

五  結論

以上によれば、原告の本訴請求は右金額とこれに対する平成七年一〇月一六日(本件処方・調剤の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を被告らに求める限度で理由があるが、その余の部分は失当として棄却を免れない。よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条、六五条、仮執行宣言について同法二五九条一項に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部秀穗 裁判官 今泉秀和 吉川昌寛)

〈以下省略〉

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